アクセスランキング

「気学の迷信:「お水取り」不要論」 解説


 原文で触れなかった真意を以下、解説したいと思います。

 この文章の意図の1つは、読んでおわかりの通り、「気学」に対する批判です。

 気学は年月盤を重視する関係から、自由な方位選択の可能性が制限され、その結果求医にしてもまず吉方位を選定してからその方位内に良い医者はいないかと探すことになります。これは本末転倒で、良医・名医を先に捜してから吉方で診療してもらうべきです。  同じことが「お水取り」にも言え、衛生上良くない水を吉方位で採取して飲んでも身体をこわすだけです。

 奇門遁甲では時盤を特に重視しますので、求医もお水取りもかなり自由に時を選択することが出来、医学的常識に合致した運用が可能です。

 次に、目に見えない霊的世界の現実というものがあります。

 私は、方位使用の際、神社仏閣巡りというものをお勧めしません。  なぜかというと、良くない霊的影響を受けやすいからです。これは方位の吉凶とは別個の問題です。霊感の強い方の場合、吉方を使用しても偶然目的地で遭遇した不成仏霊に憑依されることがあります。こうなると数日間は身体の不調は勿論、人間関係のトラブル、事故などに見舞われることになります。  こうしたことは現実にあります。

 従来の気学の祐気取りで行者の修行場の「滝」、「××龍神」「水神」と称される神社スポットで水を採取するようなことは特に避けなければなりません。こういう場所には人間で死後畜生道・動物界に堕ち蛇に姿を変えた霊が多く生息し、信仰とは言っても参拝者の欲想念を吸収して救われた気になっている者達がおります。  リューマチなど原因不明の病気も、原因は蛇の霊の憑依です。

 こういう恐ろしい事実があるので、「お水取りはしないほうが宜しい、目的地で食事や飲料を摂れば方位効果は増幅される」と書いたのです。  よくよく真意をご理解下さいますようお願いします。

(注 幸いなことですが泉ヶ岳の「水神」は神社でなく湧水源に石碑が建っているだけなので欲想念の溜まり場にはなっておらず霊的には安全です)


トップページへ





Copyright (C) 1999-2012 Kouun Sugawara (菅原光雲)